福島地方裁判所 昭和34年(わ)89号 判決 1961年5月16日
被告人 遠藤修司
明四〇・一〇・四生 県会議員
主文
被告人を罰金五千円に処する。
右罰金を完納することができないときは金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
被告人は、昭和三十四年四月二十三日施行の福島県議会議員選挙に際し同県伊達郡から立候補し同月四日その届出を為した者であるが、自己の投票を得る目的をもつて別紙一覧表(一)のとおり未だ右届出のない同年二月六日頃から同月九日頃までの間右選挙区の選挙人である同郡桑折町大字松原字新田前八番地金沢しげ外十七名を戸々に訪問のうえ、立候補した場合に自己に投票するように依頼し、もつて戸別訪問を為すと共に立候補届出前に選挙運動を為した。
(証拠略)
法律に照すと被告人の判示所為中立候補届出前に選挙運動をした点は公職選挙法第百二十九条、第二百二十九条第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項に、戸別訪問をした点は公職選挙法第百三十八条第一項、第二百二十九条第三号、罰金等臨時措置法第二条第一項に各該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れるから刑法第五十四条第一項前段、第十条に依り重い戸別訪問をした罪の刑に従い罰金刑を選択のうえ、被告人を罰金五千円に処し、本罰金を完納することができないときは刑法第十八条を適用し金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
次ぎに被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用すべきか否かにつき情状を按ずるに、抑、民主政治の要諦は国民の良識に基く意思が余すところなく政治に反映することに在るは今更事新しく説くを要しない。而してその最大の機構的保障が議会制度であることも亦自明の事実である。ところで議会の人的組織の根原は選挙であるから選挙が公正に運営されるか否かは直ちに議会制度の成果に重大な影響を及ぼし軈ては民主政治の死命を制するに至ることは我国は固より諸外国においてもその事例に乏しくないのである。こゝをもつて選挙に関する法令は実体、手続の双方に渉り周密な規定を設けその違反の絶滅に努め選挙が公正に行われることを翹望している訳である。従つて苟も右法令に違反する行為があつた場合にはそれが現実に選挙の公正を侵害するの結果を生じたか将又単にその危険あるに止まつたかを問うことなく之に対して厳重且確実に制裁を加えることに因つて当人は固より一般に対して威嚇警告を与えその再発を防圧するのである。我が公職選挙法第二百五十二条第一項第二項において同法違反の罪を犯した者に対し選挙権及び被選挙権を一定期間停止することにした所以も亦制裁の実効を確得し選挙の粛正を図るにあることは言う迄もない。尤も同条第三項においては右条項の適用を排除し得ることあるを定めているが右第一、二項の趣旨に鑑みるときは特別の事情のない限り右第三項を適用すべきでなく飽く迄第一、二項の適用を原則となすべきことも深く説くの要がない。(昭三一、二、九広島高裁岡山支部判決高裁刑事裁判特報三巻三号八三頁)然し乍ら犯罪の動機、態様等に照し犯人の犯した犯罪が悪質であるかどうかを見極めたうえ更に被告人の経歴社会的政治的境遇、犯行後の行状その他諸般の事情を考慮した結果、右第一、二項の適用が相当でないと認められる場合に限り例外として第三項に依ることができるものと解するのである。そこで本件の場合について見るに、取調べた証拠に依れば次のことが認められる。被告人遠藤修司は福島県議会議員の立候補届出前である昭和三十四年二月六日頃から同月九日頃迄に歴訪した先は別表一覧表(以下別表と略称)(一)及び(二)を含む四十ヶ所に及ぶものであり、而も別表(一)、(二)以外の個所は総べて之と近接して居る。然しながら右歴訪先の中には桑折町町立睦合中学校、桑折警察署、睦合巡査駐在所、睦合農業協同組合事務所等戸別訪問の対象になり難いものが含まれている。ところで被告人は昭和三十三年末、福島県農業協同組合中央会及び福島県共済農業協同組合連合会の嘱託を辞めたのでその挨拶のために別表(一)、(二)の個所を訪問したのであると主張しているけれども被訪問先において判然と右の趣旨の挨拶を被告人から受けたと認められる証拠は乏しい。然し右に述べたとおり戸別訪問を為すに適わしくない個所があることを思えば、被告人が別表(一)以外の個所を訪問した際は勿論(一)掲記の個所を訪問した際も「自己に投票を得る目的」の外の他の目的(選挙に関係のない)を抱懐していたものと推認することができる。換言すれば別表(一)掲記の個所の訪問は単に自己に投票し得る目的のみに出たものとは断定し難いのである。この事は右訪問の時点には被告人の当時所属した日本社会党から立候補について公認を受けられるかどうか未確定の実情であつて被告人としても未だ立候補を決意する迄には至つて居らなかつたものと認められる事実からも窺知することができるのである。従つて被告人の別表(一)掲記の個所の歴訪が専ら自己に投票を得る目的のみをもつて当初から計画的に行われたものと認めることは困難で寧ろ右の目的以外の目的で歴訪した際併せて右の目的に添うような発言が為されたと認めるのが相当である。而もその戸別訪問は歴訪四十ヶ所のうち別表(一)のとおり十八ヶ所に過ぎない。固よりいわゆる事前運動は選挙の公正を害すること多言を要しないが事前運動に類する対選挙準備活動は縁故、財力等を背景に、選挙施行の遥か以前から深刻広汎に為されるのが今や公知の事実でありその弊害の甚だしきを思えば本件被告人の所為の如きは寧ろ悪質の度合低いものと言えないこともないのである。然し、その軽挙は飽く迄責められるべきであり被告人も自己の行為の慎重を欠いたことを反省している。被告人は長らく県内において農蚕関係の学校に教鞭を執りその温厚な人格は多数教え子の敬愛するところとなつて居り、他方その豊富な農業経営の知識をもつて郷党は固より県下諸方部に渉り農業協同組合や組合員の啓蒙指導に当り、農民の信望も極めて厚かつた。過去において既に一期間福島県議会議員を勤め県政のために力を致し、昭和三十四年の選挙に立候補するについては日本社会党の公認を受けた外福島県労働組合協議会、伊達地区労働組合協議会、福島県教職員組合、農政刷新連盟、福島県農民組合総同盟等の諸団体から推薦された。而して右選挙に当選し再度県政に関与するの地位を得て今日に至つて居るがその政治的活動において何等非難の声を聞かない。以上の事実を勘案すれば被告人の判示所為は思慮周密を欠いた行動ではあるが、特に深い悪性の表現と見るべきものではなく、之に被告人の経歴、人柄、行状犯行後の状況等を参酌するときは此の際本刑の制裁を科するに止め、選挙権及び被選挙権の停止の措置を採らないのが適当と認めるので公職選挙法第二百五十二条第三項に依り同条第一項の規定を適用しないことにし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人の負担とする。
(裁判官 菅野保之)
一覧表(一、二)(省略)